この記事の執筆者
中島 孝哉 ( ナカシマ コウヤ )
中島こうやクリニック
九州大学医学部卒。医学博士。日本抗加齢医学会認定医療施設 中島こうやクリニック院長。 日本内科学会総合内科専門医。日本抗加齢医学会専門医・評議員。 総合診療医として地域医療に貢献する一方で、アンチエイジング医療を実践し、テストステロン、オメガ3系脂肪酸、腸内細菌に関する臨床研究を行ってきた。唾液テストステロンに関する研究では、2014年日本性機能学会賞を受賞。 呼吸法、サウンドヒーリングを取り入れ、セロトニンとオキシトシンに働きかける癒やしの医療、心のアンチエイジングを目指している。楽しくほどほどのアンチエイジングがモットー。
目次
1.TMAOを介する腸内細菌の動脈硬化への関与
2.腸内細菌と冠動脈疾患との関係
3.腸内細菌をターゲットとした動脈硬化予防
4.結論
近年の腸内細菌遺伝子検査法の進歩により、腸内細菌叢の乱れ(ディスバイオシス)は、さまざまな疾患と関連していることが明らかになりました。血管の病気である脳卒中や心筋梗塞なども腸内細菌が関連しており、食事が腸内細菌叢に影響を与え、動脈硬化を進行させることがわかってきています。赤身肉の摂取は動脈硬化を進行させる一方で、食物繊維の摂取は動脈硬化を予防する可能性があります。動脈硬化に影響を与える菌の種類も明らかにされつつあります。これからは、腸内細菌をターゲットとした動脈硬化の予防と治療が進んでいくと思われます。
TMAOを介する腸内細菌の動脈硬化への関与
2011年、Wangらは、腸内細菌の関与により産生されるtrimethylamine N-oxide(TMAO)が動脈硬化を引き起こすことを報告しました1)。赤身肉などに多く含まれ、コリンの前駆物質であるホスファチジルコリンは、腸内細菌のTMA lyaseによってtrimethylamine(TMA)に代謝され、TMAはさらに肝臓のflavin-containing monooxygenase 3(FMO3)によってTMAOに代謝されます。このTMAOがマクロファージ(白血球の一種)の泡沫化を引き起こし、動脈硬化を進展させるというものです(図1)。
このことは、①ApoE KOマウスにコリン添加食を摂取させると血中TMAOが上昇し、それに伴い粥状硬化のサイズが増大すること ②抗生物質で腸内細菌を除去するとコリン添加食でも粥状硬化のサイズが増大しないこと により証明されました。
TMAOの値は、食事や腸内細菌の種類によって変化します。赤身肉に含まれるカルニチンもTMAOに代謝されますが、ベジタリアンでは、非ベジタリアン(雑食者)と比べて血中TMAOが有意に低く、カルニチン負荷食でもTMAOは上昇しないことがわかりました2)。地中海食の効果を検討したイタリアからの報告でも、ベジタリアンは雑食者に比べて尿中TMAOが有意に低く、短鎖脂肪酸産生に係わるRoseburia、Lachnospira、Prevotellaが有意に多いという結果でした3)。
私どもの検討では、投薬内容は変更せず、2型糖尿病の患者に水溶性食物繊維サプリメントのグアガムを朝夕食前に5gずつ6ヶ月間摂取してもらいました。すると、3ヶ月後に動脈硬化の指標である血管内皮機能の有意な改善が認められました4)。したがって、肉食ではTMAOを増加させ動脈硬化を進行させる可能性のある腸内細菌が増えます。一方で、食物繊維を多く摂るとTMAOを低下させ動脈硬化を防ぐ腸内細菌が増えると考えられます。
腸内細菌と冠動脈疾患との関係
神戸大学のグループは、腸内細菌と冠動脈疾患との関連について報告しています。
①冠動脈疾患患者39例(CAD群)
②リスクファクターはあるが冠動脈疾患を発症していない患者30例(Ctrl群)
③健常者50例(HV群)
この研究では上記①②③の糞便を、16S rRNA領域をプライマーとしたterminal restriction fragment length polymorphism(T-RFLP法)を用いて検査しました。
その結果、①CAD群においては、②Ctrl群および③HV群と比べ、Bacteroidetes門が有意に減少していました。また、エンテロタイプ別に検討すると、①CAD群ではRuminococcus属優位のエンテロタイプ3型が多く、エンテロタイプ1型と2型は少ないという結果でした5)。中国からの報告でも、冠動脈疾患では、Bacteroides属が減少していたと報告されています6)。
したがって、Bacteroidetes門に属するBacteroides属とPrevotella属は動脈硬化を防ぐ方向に働き、Firmicutes門のRuminococcus属は動脈硬化を進行させる方向に働く可能性があります。
腸内細菌をターゲットとした動脈硬化予防
食事の内容が腸内細菌叢に影響を与え、心筋梗塞や脳卒中などの動脈硬化性疾患の原因となることが明らかになりました。これからは、腸内細菌叢をターゲットとした動脈硬化の予防や治療が進んでいくと思われます。TMAOを介したアプローチとしては、① 予防では、赤身肉の摂取を減らし食物繊維の摂取を増やすこと② 治療では、抗生物質などによりTMAを産生する腸内細菌を減らすことが考えられます。また、コリンの構造異性体3,3-dimethyl-1-butanol(DMB)を投与することにより、腸内細菌が産生するcholine TMA lyaseをブロックしてTMA産生を抑制する治療の可能性についても報告されています7)。
これまで赤身肉、食物繊維の動脈硬化に与える影響について述べましたが、高脂肪食はディスバイオシスを引き起こし、血中にリポポリサッカライドが移行することにより持続性の慢性炎症を生じさせ、メタボリック症候群の原因となることが知られています。リポポリサッカライドを減少させるAkkermansia muciniphilaやBacteroides属の菌を用いて動脈硬化を抑制する治療が、ApoE KOマウスを用いて検討されています。高脂肪食と腸内細菌との関連については、別の稿で述べたいと思います。
結論
私たちは腸内細菌と共存しています。腸内細菌は、私たちが摂る食事を餌にして生きているのです。生活習慣病を予防するには、腸内細菌を味方につける食事を心がける必要があります。しかし、この分野の研究は始まったばかりで、わからない部分が多いのが現状です。また、国や地域によって正反対の報告もあります。一般的に良いと考えられている食事法や腸内細菌が、病態によっては害になる可能性があります。今後、この分野の研究がますます進み、腸内フローラ検査を指標に個別化医療を進められる時代が来ることを期待しています。
<参考文献>
出典 「国際オーソモレキュラー医学会ニュース」